デザインが拓く、ソーシャルビジネスのイノベーション

5月中旬に2018春学期の授業がおわり、ついに折り返し地点となりました。この春学期どころか、その前の秋学期についてもまだまだ書きたいことが書けておらず不甲斐ないのですが、夏休みに入りましたので、書けることから少しずつ、デザインスクールでの経験や学びについて、ご紹介していきます。
デザイン × ソーシャルビジネス
デザインと聞いて、発展途上国の開発支援やソーシャルビジネスとイメージが結びつく人はあまりいないと思います。しかし、多くのデザイナーやデザインの考え方によって、途上国での人々の暮らしにイノベーションを起こしたり、生活を向上させている事例は数多く存在します。
例えば、南アフリカのデザイナーが開発した、The Hippo Water Roller(ヒッポ・ウォーター・ローラー)はその代表格。
アフリカやアジアでは7.5億人もの人が安全な水へのアクセスに毎日6キロもの道のりを往復しています。そのほとんどが、女性や子供で、時間がかかるだけでなく、水の入ったバケツ(およそ20キロ)を運ぶ際、頭の上にバケツを乗せることで健康面でもシリアスな問題を起こすことも多々あるそうです。
ヒッポ・ウォーター・ローラーは一度に90キロ(いままでの約5倍)の水を運ぶことが可能で、いままでに毎日行っていた水汲みが週に数回で済む画期的な発明として、20ヵ国で利用さており、いままでに4.5万ローラーが30万人に利用され70億リッターの水が運ばれているそうです。
パーソンズ美術大学では、このような発展途上国の暮らしに、デザインを通じて貢献するプロジェクトベースのクラスが多く存在しています。私は、その一つである、Artisans Future(職人の未来)という、中南米グアテマラの織物職人の支援にフォーカスをあてたクラスを受講し、自身のプロジェクトを立ち上げました。
(パーソンズ美術大学カリキュラム設計についてはこちらでご紹介しています)
美しい織物と悲嘆にくれる職人
グアテマラは、中央アメリカに位置し、古くはマヤ文明が栄え、現在も国民の過半数はマヤ先住民の血をひく国家です。1960年から1996年まで長い内戦が続き、最近は経済発展をしてきたものの、社会は未だ不安定であり、貧富の差が激しい状態にあります。
主要産業は、農産品(コーヒー、バナナ、砂糖)と、今回とりあげる繊維産業です。グアテマラの織物は、マヤ時代から受け継がれた美しい文様とカラフルな色合いが特徴で、先住民系の女性の職人たちによって丁寧に作られています。
しかしながら、織物作りは、彼女たちの生活を支える重要な収入源になっているものの、安く買い叩かれ、貧困から脱することができず、廃業を選ぶ職人もいることから伝統が失われつつある状況です。
一方で、皮肉なことに、美しいマヤの織物を使った高級バッグが、数十万円の金額で売れています。ブランド企業が敏腕デザイナーを雇い、マヤ織物を使い非常に高付加価値な商品を作っているものの、価値を生み出しているはずの職人には、ほとんどお金は落ちていません。
(モールに陳列されているマヤ織物を用いた高級バッグ)
格好いいデザインを作ることだけが、デザインではない
デザインを通じたソーシャルビジネスを行う際に、考えるべきことが三つあります。
- 利益の向上
- 貧困の削減
- 文化の保護
全てを最大限に実現する必要はありませんが、自身のプロジェクトが、この三つにどのように作用しているのか、意識して設計を行うことは非常に重要です。プロジェクトを持続的に行うために、格好いいデザインで売り上げをあげて、きちんと利益をあげることは重要ですが、貧困が進み、文化が廃れてしまえば元も子もありません。自身のプロジェクトがどんな作用を及ぼすのか、広い視野で考えてデザインすることが、これからのデザイナーに求められる力となります。
私たちには、自信も誇りもない
学校の春休みを利用し、グアテマラにフィールドワークに行き、マヤ織物を用いたブランドバッグを作る企業や、職人たちにインタビューを行ってきました。
30人以上の職人に協力してもらい、暮らし向きや将来の夢など、静かに、少しずつではありますが、話してくれました。(英語を話せる職人はほとんどいないので、スペイン語やマヤ系少数言語を通訳を介しながらコミュニケーションをとりました。)
インタビューを通じて、多くのことがわかりましたが、特に印象に残ったのは、「自分の娘には、苦労が多いから、職人を継いで欲しくない。都市のオフィスワーカーになってほしい。」といった多くの母としての声でした。彼女たちは、自身の職人としての自信や誇りを持てておらず、家族を支えるために仕方なく、より多くの織物の仕事を欲しているという状況です。
私は、利益の向上、貧困の削減、文化の保護のいずれを実現するにせよ、「職人の自信と誇りの回復」が根本的な問題解決にとって重要と考え、インド人(ビジネスデザイン専攻)、中国系アメリカ人(グラフィックデザイン専攻)、ブラジル系アメリカ人(ファッションデザイン専攻)の3名とともに、プロジェクトをたちあげることとしました。
日本人が、自信を持って就職活動や営業を行う際に必要なものはなんでしょうか。誰もが間違いなく使っているのは、職務経歴書や資格、自社の商品・サービスカタログだと思います。
そんなものは当たり前、と思いがちですが、グアテマラの職人たちにはそれに当たるものがありません。
アパレル企業に、自身の織物や技術を売り込みにいっても、過去にどのような織物やファッション・カバンの製作に携わったか、どんな技術を持っているのか、自分の口でしか語る手段を持ちません。より新しい色調・文様を作ろうとしても、過去に作った織物もロクに残っておらず、結局慣れている同じものを作っています。子供たちや友人にも、自分がどんな仕事をしているのか見せることができません。企業や家族にさえ、誰にも自分の成果を認めてもらうことができない。
そんな中で、彼女たちは、モチベーションが下がり、誇りを失い、ただただ、家族の暮らしを支えるために、身体を削り続けています。
デザインができることは何か。
デザインの大きな役割の一つは、目に見えないものを可視化し、人々に伝えることです。
このため私たちは、彼女たちが自分の力で、これまでの作品、スキル、人格をも見える形にまとめた、ポートフォリオ作りをサポートする、ということでした。
ポートフォリオとは、デザイナーが自身の能力を伝えるために制作する作品集のことです。
(ポートフォリオフォーマット:自己紹介や手がけた織物の写真や紹介文などを記載)
上図のようにポートフォリオのフォーマットを作り、自己紹介、携わった織物の製作工程、必要とされたスキル、得られた経験、これまで受けてきた訓練の種類などの記入を職人に促します。
また、併せて、ポートフォリオをどのように活用するか下図のようにハンドブックを作成し、ポートフォリオの記入事項がどのように役に立つのか、どのように営業を行うのか(現代の営業に必須であるEメールアドレスの取得方法、メール文例も記載)、営業先を選ぶコツなどを記載しました。
(ガイドブック:ポートフォリオの重要性、営業方法などを伝える)
このフォーマットとガイドブックを使って、ポートフォリオを職人たちが作っていけば、アパレル企業や家族に自分の作品や技術を目に見える形で伝え、認められることで、自信や誇りの獲得につながりえます。そして、ひいては、買取価格の向上、新たな取引先の獲得による貧困の削減、織物の品質向上による利益の向上、ポートフォリオ作成によって作品を見える形にしたことによる文化の保護、いずれもバランスよく実現することにつながると思います。
(ポートフォリオフォーマットとガイドブックをセットにし、職人に配布する)
最後に
現在、当プロジェクトは、Mercado Globalというマヤ織物を用いたブランドバッグ製作・販売を行うNPOに提案し、採択されることとなり、大学の授業を超えてソーシャルビジネスプロジェクトが今後も進むこととなりました。
提案は非常にシンプルで、地道な活動が必要ですが、「職人の誇りを回復する」という根源的な課題設定が評価されたのだと思います。
当プロジェクトは、プロトタイプ段階でこれからが本番となっていきます。さらに、本取り組みは、遠い中南米に限らず、日本の伝統工芸品産業、中小企業の支援にも形を変えて活用しうるプロジェクトと考えているため、今後、試行錯誤を続けつつ、進捗があり次第、また記事にしていきたいと思います。
(*グアテマラは、先日フエゴ火山が噴火し、多くの死者が出ており、同じ火山国の出身として、被害の縮小と復興が進むことを祈るばかりです。今般ご協力いただいた職人の皆さんは、パナハチェルというフエゴ火山からはかなり離れた町に住んでいるため、直接的な被害はないと思いますが、この点も気遣いながらプロジェクトを進めていきます。)